鳥取地方裁判所 昭和30年(ワ)110号 判決 1966年3月25日
原告 高見妙海
被告 国
訴訟代理人 川本権祐 外一名
主文
被告は原告に対し金四、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三〇年四月二日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告において金一、五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事 実 <省略>
理由
一、請求の原因二項のうち、原告と田中との間で本件家屋について前記のとおり裁判上の和解が成立したこと、同四項のうち、田中が右和解調書に執行文の付与を受け、植田執行吏がその執行委任を受けたことはいずれも当事者間に争のないところである。
二、そこで本件執行がなされるに至つた前後の事情について考察するに、<証拠省略>によればつぎのような事実を認定することができる。
(一) 原告は、昭和二九年六月一日、訴外田中友蔵からその所有にかかる本件家屋を借受けて、娘の訴外高見満子を使つて、ここでパチンコ営業を始めた。そうして請求の原因一項記載のような内容の賃貸借契約を締結し、また、資料の支払については原告から訴外諏訪部宗正方に持参して同人を通じてなすこととした(田中は本件家屋の階上に居住していたが、原告と田中間で直接資料の授受をなすことを避けて右諏訪部において双方代理することとした)。
(二) 原告は、その後、本件家屋にパチンコ営業に必要な造作、設備を施し、改造を加え、パチンコ機械を据付け、本件家屋の裏側に下屋付片屋根住宅約六坪を建築し、同年八月八日から、パチンコ営業を開始したが、右に先立ち、田中と原告との間で右賃貸借について前記のとおり裁判上の和解が成立した。
(三) ところが、田中自身、他に債務を負担していて本件家屋も差押を受けていたが債権者の一人である訴外瀬尾正宗(金融業)や同河口勲から本件家屋の売却方をすすめられ(そのために本件家屋から原告を退去させて、より有利に売却することとした)、同人らと、本件家屋からいかにして原告を退去させるかの方法について協議をしていたが、原告も、昭和三〇年二月初頃、既に同年二月分の賃料を遅滞していた。そこで、同年二月下旬頃、瀬尾の事務所において瀬尾、河口及び田中は、原告が同月末日にさらに賃料の支払を遅滞すれば本件家屋の明渡を求め得るから、原告が諏訪部方まで右賃料を持参しても田中がこれを受取ならいようにして、その後、一挙に本件家屋明渡の強制執行をなす旨協議した上、右強制執行の便宜を得るため、かねて瀬尾、河口らが執行事件を通じて懇意にしていた執行吏訴外植田末蔵を呼寄せ、河口より植田に右事情を説明して右執行の便宜方を懇請した。
(四) 原告は、同年二月末日午後一〇時半頃に至つて、諏訪部方へ賃料金五〇、〇〇〇円を持参したが、田中は、右賃料受領に姿を現わさず、諏訪部は、翌一日、田中方に右賃料を受領するよう使者を出したが、田中は来なかつた。
(五) 一方、河口は田中から右賃料が既に諏訪部方まで持参されていることをきいたが、これを無視して原告が二ケ月分の賃料を延滞している旨の田中作成名義の証明書(甲第二号証の三)を作成して、同年三月一日、前記和解調書に執行文の付与を申請し、翌二日、これが下付を受けて、同日午後八時頃、田中とともに植田執行吏事務所に赴いて同人に本件家屋明渡の執行方を委任した。その際、田中は、前記賃料が諏訪部方にまできているが執行するのに差支えないかと河口に尋ねたが、河口は、右賃料を田中が受領していなければ執行に差支えない、ただ、原告方において右支払を理由に執行停止を申立てることも予想されるから右執行を午前中に完了するようにすればよいと答えて、右執行を早急に完了するため人夫の手配、集合時間等を協議し、なお、執行当日、田中は執行現場に姿を見せないことを申合せた。植田執行吏は、田中、河口らの右協議の際、同人らの側にいてその話をきいていた。
(六) このようにして植田執行吏は、翌三日、原告方に赴いて執行関係書類を送達した上、同日午前七時五〇分頃、本件家屋に至つて満子に対し明渡の執行をなす旨告げたところ、満子は賃料の延滞がない旨主張し、諏訪部からも同年二月末日に賃料の支払がなされた旨申入れがあつたが、植田執行吏は執行停止命令が出ない以上執行をやめることができないとして同日午前八時二〇分頃、執行を開始した。河口は、当日、田中のために物件受領者として人夫を準備して(瀬尾において田中のために右人夫賃等を立替支払つた)、右執行に立会い、原告より執行停止の申立のされることを慮つて植田執行吏に執行を急がせたため、同日午前中に略、本件家屋中店舗部分の明渡が完了し、午後には本件家屋の裏側にある下屋付片屋根住宅約六坪の撤去が始まり、同日午後五時頃には全部の執行が終了した。もつとも右執行途中において、河口は、原告において執行停止の申立をする動きのないことを察知し、むしろ田中が原告より執行が不法なることを理由として損害賠償の請求を受けて本件家屋が差押されることを慮つて、かねて田中、瀬尾との間で打合せたところに従い、同日、本件家屋の登記簿上の所有名義を田中より訴外桑野貴敏(田中の甥)に変更手続をなした(瀬尾において桑野のために右登記費用を立替支払つた)。
三、もつとも証人植田末蔵(第一乃至第三回)の証言中には植田執行吏は瀬尾、河口と田中との間に交わされた本件執行の動機、執行開始の準備、執行の手段手法についての協議には関係しておらず、このようなことは本件執行終了後かなり時間が経過してからきいたにすぎない旨及び河口勲が原告側から対価を得て原告のために有利な証言をするように頼まれたものである旨(この点について証人河口勲の第二回の証言によれば河口は本件執行後において信仰上のことから原告と親しくなつたことが認められる)の供述があるが、前記認定のような本件執行の情況や、証人河口勲の証言(第一、二回)によつて認められる、瀬尾、河口と植田との親近関係(瀬尾は本件執行前より屡々植田執行吏に執行委任をなして同人に近づき、河口も瀬尾との関係から再三植田執行吏事務所に出入していてともに飲酒することもあり、又、本件執行当日その終了後においても、田中の出費によつて植田、瀬尾、河口らはともに飲酒した)に徴して植田執行吏が本件執行について瀬尾、河口より前記認定のような執行の動機、手段、方法等について何等協議に与つていなかつたとは考えられないし、又、河口勲が原告から対価を得て原告に有利な証言をするように頼まれたとしてもそれが真実に反した事実の証言を依頼されたものとも考えられないので、これらの供述をもつては前記認定を覆すに足らない。他に右認定に反する証拠はない。
四、右認定事実によれば、本件家屋明渡の強制執行は、いまだ、これをなすに足る実体法上の条件が充足されていないのにかかわらず執行債権者において違法な手段において執行文の付与を得て形式上執行の要件な具備した上でこれを執行吏に委任したものであり、執行吏においても右執行をなすに当り、既に右事情を知悉していたか少くとも容易に知り得る状況にあつたにもかかわらず重大な過失によりこれを看過して本件執行に及んだものと考えられるから、右執行吏が本件執行によつて原告に損害を加えたときは、右損害は公権力の行使に当る公務員である植田執行吏の違法行為によつて生じたものとして国においてこれを賠償する責に任ずべきであるといわなければならない。
五、そこで本件執行によつて原告の蒙つた損害の額について考えてみることとする。
(イ) 請求の原因七、(1) 物的損害イ、ロについて
証人高見満子(第一回)、同徳安安蔵(第一回)、同蓑原英寿、同大田守、同河口勲(第一回)の各証言によれば、本件執行は前記認定のとおり、植田執行吏が、当初、原告方より執行停止の申立のなされることを慮つて早急に執行を終了しようとしたため、通常の執行に比し、粗雑にとりすすめられ、本件家屋のうちパチンコ営業のためになされた造作、諸施設(但し、請求の原因七、(1) 物的損害ハ、ニに記載の物件を除く)及び原告が本件家屋の裏側に建てた下屋付片屋根住宅約六坪は手荒く取壊し、撤去され、その素材は殆ど再使用に堪えられない状態となつたこと(右認定に反する証人植田末蔵第一、第三回、同相見源市、同飯田嘉明、同大久保辰巳の各証言は容易に信じられない)、鑑定人山本繁喜の鑑定の結果によれば右執行当時における、前記造作、諸施設の価格は金六四一、五九二円相当であること、又、前記下屋付片屋根住宅の価格は少くとも金一八〇、〇〇〇円を下らないことが夫々認められ他に右認定に反する証拠はない。
(ロ) 同(1) 物的損害ハについて
右掲記の物件が本件執行により無価値になつたものと認め得る証拠はない。
(ハ) 同(1) 物的損害ニについて
右掲記の物件についても本件執行により無価値になつたものと認め得る証拠はない(証人植田末蔵の第一回の証言によれば、そのうち機械修理用道具一式を除いて他は競売に付されたか、或いは原告に引渡されたことが認められる)。
(ニ) 同(2) 営業上の喪失利益について
<証拠省略>によれば、昭和二九年八月以降本件執行までの間の本件家屋におけるパチンコ経営による収入(総売上高より支出した景品代、両替額を控除した残額)は、
昭和二九年 八月中(二三日)金五一三、〇〇〇円余り、
同年 九月中(二九日)金六三七、〇〇〇円余り、
同年 一〇月中(三〇日)金五七七、〇〇〇円余り、
同年 一一月中(二九日)金六三三、〇〇〇円余り、
同年 一二月中(三〇日)金七一〇、〇〇〇円余り、
昭和三〇年 一月中(二四日)金八二九、〇〇〇円余り、
同年 二月中(二七日)金二八〇、〇〇〇円余り、
同年 三月中(二日)金二七、〇〇〇円余り、
であること(昭和三〇年二月以降は店内における両替が禁止されて営業成績が低下し、又、近く連発式機械が禁止されようとしあてたこと)、一方、毎月従業員給料(金五五、〇〇〇円)、同食費(金八、〇〇〇円)、電灯料(約金一〇、〇〇〇円前後)、家賃(金五〇、〇〇〇円)、水道料(約金五〇〇円)計約金一二三、五〇〇円の経費は必要であり、その外に営業上の税負担があり、結局、一ケ月金六〇〇、〇〇〇円の収入があれば純益として残る額は金三五〇、〇〇〇円乃至四五〇、〇〇〇円であること、原告の右パチンコ経営は、当時、倉吉市内の他の同業者を圧する程度に繁栄していたことが認められ他に右認定に反する証拠はない。そうだとすると、右認定の各月の収入額に徴して純益として残る額は一日金五、〇〇〇円を下らないものということができるので原告は本件執行を受けた昭和三〇年三月三日以降本件家屋の賃貸借期間の最終日である昭和三二年六月三〇日まで八五一日間右営業を継続しておれば右の割合による純益を得ていた筈であるところ、本件執行によつて右営業による利益計金四、二五五、〇〇〇円を失つたものということができる。
以上認定の(イ)金六四一、五九二円及び金一八〇、〇〇〇円並びに(ニ)金四、二五五、〇〇〇円が、本件執行によつて違法に原告に加えられた損害ということができる。
六、そうすると原告の本訴請求はそのうち金四、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日(記録上昭和三〇年四月二日であることが明らかである)以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものであるからその理由あるものということができ、これを正当として認容することとし、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋文恵 中村撓三 横山武男)
目録<省略>